日本における性犯罪の現状と法改正:なぜ法改正後も犯罪は消えないのか

近年、「日本は性犯罪に甘い」という批判が国内外から聞かれることがありました。しかし、2023年には画期的な法改正が行われ、日本の性犯罪に関する法制度は大きな転換期を迎えています。このブログ記事では、内閣府やこども家庭庁の調査データに基づき、日本における性犯罪の現状、そして法改正によって何が変わったのかを詳しく解説します。

日本の性犯罪の実態:内閣府調査が明らかにする深刻な現実

内閣府の調査は、日本における性犯罪被害の深刻な実態を浮き彫りにしています。まず衝撃的なのは、女性の約14人に1人が無理やりに性交等された経験があるという事実です。これは決して他人事ではなく、身近に起こりうる問題であることを示唆しています。

さらに、加害者の特徴も明らかになっています。加害者の大多数は交際相手、配偶者、職場の関係者など、被害者が知っている人であり、全く知らない人からの被害はわずか1割程度にとどまります。このことは、性犯罪が特定の暗がりで起きるだけでなく、日常の人間関係の中で発生する危険性を強く示しています。

性暴力被害に遭った後の行動についても、深刻な課題が指摘されています。女性の約6割、男性の約7割が誰にも相談していないという結果は、被害者が孤立し、支援を求めにくい現状を示しています。被害に遭ったときの状況については、女性は「相手から、不意をつかれ、突然に襲いかかられた」が最も多く、男性は「相手との関係性から拒否できなかった」「驚きや混乱等で体が動かなかった」「相手から、脅された」という状況が多かったと報告されています。これらの状況は、被害者の心理的・身体的反応を考慮することの重要性を示しています。

増加する相談件数と認知件数:顕在化する性犯罪被害

性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターへの相談件数は、年々増加傾向にあります。特に、令和4年(2022年)度上半期の相談件数は、前年度同期に比べ10.4%増加しており、被害者が支援を求める動きが活発になっていることが伺えます。これは、性暴力に対する社会の意識が高まり、相談することへの抵抗感が減ってきている証拠とも言えるでしょう。

警察が認知した性犯罪の件数も増加しています。強制性交等の認知件数は、令和4年(2022年)には1,655件で、前年に比べ19.2%増加しました。また、強制わいせつの認知件数も同年に4,708件と、前年比9.9%増加しています。これらの数字は、性犯罪がより多く警察に届け出られるようになったことを示している可能性と、実際に性犯罪が増加している可能性の両方を含んでいます。

さらに、児童買春事犯の検挙件数は令和4年(2022年)に630件で前年に比べ0.5%増加児童ポルノ事犯の検挙件数は同年に3,035件で前年に比べ2.2%増加しています。これらは子どもを対象とした性犯罪の実態であり、社会全体で取り組むべき喫緊の課題であることを改めて認識させられます。

「性犯罪に甘い」と言われる理由と背景

「日本は性犯罪に甘い」という認識が一部で根強く残っている背景には、いくつかの歴史的な理由がありました。


性交同意年齢の低さ

これまでの日本の性交同意年齢は13歳であり、これは主要国の中では最低水準でした。国際的な基準から見ても極めて低く、被害者の保護が不十分であるという批判は免れませんでした。

性犯罪の成立要件の厳しさ

従来の強制性交等罪の成立には、暴行・脅迫が直接的な証拠として必要とされることが多かったです。これにより、被害者が恐怖や混乱によって抵抗できなかった場合や、精神的な苦痛によって身動きが取れなかった場合など、実際の被害状況が法的に認められにくいという問題がありました。被害者の意思が尊重されにくい、あるいは証明されにくいという点が、批判の大きな要因となっていました。

性犯罪被害者保護の遅れ

欧米諸国に比べて、性犯罪被害者の保護や支援の制度が遅れているという指摘もありました。性犯罪の被害者は、身体的な傷だけでなく、精神的なトラウマを抱え、社会生活にも大きな影響を受けることが少なくありません。こうした被害者に対する包括的な支援体制の不足が、日本の性犯罪対策の弱点として認識されていました。

画期的な法改正:日本の性犯罪法はどう変わったのか

しかし、2023年7月13日、日本の性犯罪に関する法制度は大きな転換期を迎えました。以下の重要な法改正が施行され、性犯罪被害者の保護が大幅に強化されることになりました。

「不同意性交等罪」の創設

これまでの「強制性交等罪」から、「不同意性交等罪」へと名称が変更され、その成立要件も大きく見直されました。 「暴行」・「脅迫」だけでなく、「障害」、「アルコール」、「薬物」、「フリーズ(体が硬直して動かせない状態)」、「虐待」、「立場による影響力」などが原因となって、同意しない意思を形成したり、表明したり、全うすることが難しい状態での性交等やわいせつな行為は、「不同意性交等罪」や「不同意わいせつ罪」として処罰されるようになりました。これは、被害者の意思を最も重視し、より広範な状況での性暴力に適用される画期的な変更です。

性交同意年齢の引き上げ

日本の性交同意年齢は、13歳から16歳未満に引き上げられました。これにより、16歳未満の子どもに対して性交等やわいせつな行為をした場合、原則として「不同意性交等罪」や「不同意わいせつ罪」として処罰されることになります(ただし、相手が13歳以上16歳未満の場合は、行為者が5歳以上年長のときに適用されます)。これは国際的な水準に近づき、子どもたちの性的搾取に対する保護を強化する重要な一歩です。

わいせつ目的での16歳未満の者への面会要求などが犯罪に

16歳未満の子どもに対して、以下の行為をすることが処罰の対象となりました。

  • わいせつ目的で、うそをついたり金銭を渡すなどして、会うことを要求する
  • その要求の結果、わいせつ目的で会う
  • 性的な画像を撮影して送信することを要求する

これは、オンライン上での子どもへの接触を悪用した性犯罪を防ぐための重要な規定です。

「撮影罪」・「提供罪」の創設

正当な理由なく、人の性的な部位や下着などをひそかに撮影すること(盗撮)や、16歳未満の子どもの性的な部位・下着などを撮影する行為は、「撮影罪」として処罰されることになりました。さらに、これらの撮影画像を人に提供する行為も**「提供罪」として処罰の対象**となります。これは、デジタル化が進む現代社会において、プライバシーの侵害や性的な画像の悪用から個人を守るための重要な法整備です。

性犯罪の公訴時効期間の延長

性犯罪の公訴時効期間も延長されました。被害に遭った時(18歳未満の場合は18歳になった時)から、以下の期間に延長されます。

  • 不同意性交等致傷罪など:20年
  • 不同意性交等罪など:15年
  • 不同意わいせつ罪など:12年

時効期間の延長は、被害者が心の準備や環境が整ってからでも訴えを起こせる可能性を高め、泣き寝入りを防ぐための重要な改正です。

国際比較から見る日本の性暴力発生件数

こども家庭庁が公表した各国における性暴力の発生件数の推移(2015年~2019年)を見ると、日本の発生件数は他国と比較して低い傾向にありました。

各国における性暴力の発生件数(2015年~2019年)

国名2015年 (人口10万人当たり)2016年 (人口10万人当たり)2017年 (人口10万人当たり)2018年 (人口10万人当たり)2019年 (人口10万人当たり)
日本6.25.65.45.25.0
韓国41.943.547.245.945.9
フランス51.654.961.674.184.8
ドイツ41.945.242.148.848.8
英国180.3204.3248.9265.6(データなし)
米国39.341.041.744.043.5

出典:令和4年版犯罪白書を参考に、こども家庭庁において作成(一部、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)データ及び警察庁刑事局資料による)

このデータだけを見ると、日本の発生件数が極めて低いように見えます。しかし、注意すべき点として、このデータは各国における統計の取り方や精度が必ずしも同一ではないこと、各国の性犯罪の定義が異なる場合があることが挙げられます。特に、日本におけるこれまでの性犯罪の成立要件の厳しさや、被害者が声を上げにくい社会環境を考慮すると、実際の被害件数は認知件数よりもはるかに多い可能性が指摘されてきました。

今回の法改正によって、より広範な性暴力が犯罪として認識されるようになり、また被害者が声を上げやすくなることで、今後は認知件数が増加していく可能性も考えられます。これは、性犯罪が増加したというよりも、これまで表面化していなかった被害が顕在化していると捉えるべきでしょう。

法改正がもたらす今後の展望

今回の性犯罪に関する法改正は、日本の社会にとって非常に大きな意味を持ちます。

被害者保護の強化と意識の変化

「不同意性交等罪」の創設や性交同意年齢の引き上げは、被害者の意思を最大限に尊重するというメッセージを社会全体に明確に発信することになります。これにより、性暴力は被害者の意思に反する行為であればいかなる状況であっても許されないという認識が広がり、社会全体の意識変革を促すことが期待されます。

犯罪の抑止効果

厳罰化と適用範囲の拡大は、性犯罪に対する抑止効果を高めることが期待されます。特に、暴行や脅迫がなくても犯罪として成立するようになったことで、これまで「同意があった」と主張できた加害者が言い逃れしにくくなります。

司法の適正化

法改正は、司法の現場においても変化をもたらします。被害者の証言をより多角的に評価し、従来の「暴行・脅迫」に縛られない判断が可能になることで、より多くの性犯罪が適正に裁かれることが期待されます。

私たちにできること:性犯罪のない社会を目指して

法改正は、性犯罪のない社会を目指すための重要な一歩ですが、それだけでは十分ではありません。私たち一人ひとりができることも多くあります。

性暴力への理解を深める

性暴力は、決して特別な場所で起きるものではなく、身近な人間関係の中でも起こりうるものです。被害者の抱える複雑な状況や心理、そして法改正によって何が変わったのかを理解し、「NO」と言えない状況も性暴力であるという認識を共有することが重要です。

相談しやすい環境を作る

もし身近な人が性暴力の被害に遭った場合、安易な批判や助言はせず、まずは話を聞き、寄り添う姿勢が大切です。専門機関への相談を促すなど、適切な支援につながるようサポートすることもできます。内閣府の調査が示すように、多くの被害者が誰にも相談できていない現状を変えるためには、私たち一人ひとりが「相談しても大丈夫」と思えるような環境づくりに貢献する必要があります。

性教育の推進

子どもたちが自身の身体や性について正しく学び、「同意」の重要性を理解することは、性犯罪を未然に防ぐ上で不可欠です。適切な性教育を推進し、子どもたちが性的な被害から身を守る知識を身につけられるよう、社会全体で取り組む必要があります。

啓発活動への参加

性犯罪に関する正しい知識を広め、社会全体の意識向上に貢献するための啓発活動に参加することも有効です。SNSでの情報発信や、関連するイベントへの参加など、できることから始めてみましょう。

まとめ

日本における性犯罪の現状は依然として厳しいものがありますが、2023年度の法改正は、より公正で安全な社会を築くための大きな一歩です。性暴力は許されない行為であるという認識を社会全体で共有し、被害者が安心して声を上げ、適切な支援を受けられる環境を整備していくことが、今後の日本に求められています。

私たち一人ひとりが性犯罪に関する正しい知識を持ち、被害者に寄り添い、行動することで、誰もが安心して暮らせる社会の実現に貢献できるはずです。

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