精神科訪問看護の最前線:社会のニーズに応える中野聖子さんの挑戦

高まる精神科訪問看護の需要

今日の日本において、精神疾患を抱える人々は増加の一途をたどっています。厚生労働省のデータによると、2020年の時点で精神疾患のある人は約615万人に上り、新型コロナウイルスの影響も相まって2017年と比較して1.5倍に増加しています。このような状況の中、在宅医療のイメージが強かった訪問看護の分野で、精神科に特化した訪問看護ステーションが増加しています。

大阪市内で訪問看護ステーション「くみ」を経営する中野聖子さんも、その一人です。彼女のステーションには、連日のように新規利用の問い合わせが舞い込み、現在では約180人が利用するほどの盛況ぶりです。多くの人が「しんどいけれど、どこに相談したらいいかわからない」という悩みを抱えているのが実情だと中野さんは語ります。


精神疾患と共に生きる人々への寄り添い

中野さんの訪問看護は、利用者一人ひとりの状態に深く寄り添うことを重視しています。例えば、双極性障害を抱える男性の元には週に2回訪問し、そのほとんどの時間を会話に費やします。双極性障害は、気分が高ぶる「躁」と落ち込む「うつ」を繰り返す病気です。躁状態の時は、本人が自分の状態を認識しにくいことが多いため、日常的に会話を通して状態を把握し、支える存在が不可欠です。中野さんは、利用者が自分自身の状態を理解し、生活の中でよりよく過ごせるよう、長年にわたる関わりの中でサポートを続けています。


働きやすい環境が質の高いケアを生む

中野さんが精神科に特化した訪問看護ステーションを立ち上げたのは約2年前のことです。以前勤めていた職場で、精神疾患を抱えながら働く人々のニーズに応えきれていないと感じたことがきっかけでした。一般的な訪問看護の多くは午後5時までの対応で、仕事を持つ利用者にとっては利用しにくいという課題がありました。

この課題を解決するため、「くみ」では午後6時から8時という遅い時間の訪問にも対応しています。これにより、日中仕事をしている人でも訪問看護を利用しやすくなり、より多くの人々が適切なケアを受けられるようになりました。

また、質の高い看護を提供し続けるためには、看護師が働きやすい環境を整えることが不可欠であると中野さんは考えています。そこで「くみ」では、フレックス制を導入し、看護師が柔軟に勤務時間を調整できる仕組みを整えています。これにより、看護師自身の生活と仕事のバランスを保ちながら、専門性を発揮できる環境が提供されています。


未来を見据えた人材育成

精神科の看護師は、他の専門分野に比べて成り手が少ないという現状があります。そのため、「くみ」では新人の育成にも積極的に取り組んでいます。中野さんは、新人のスタッフと共に現場を訪れ、実践を通して指導を行っています。

精神疾患を持つ患者の中には、自分の症状をうまく言葉で伝えられない人も少なくありません。そのため、精神科の看護師には、利用者のわずかな変化に気づき、仕草や雰囲気から言葉の裏にある気持ちを読み取る洞察力が求められます。新人の看護師は、多様な疾患や個々の利用者に合わせたケアを学ぶことで、この洞察力を養っていきます。

中野さんは、「誰もがしんどくなることが多い中で、それを見れる看護師さんが少ないのはすごく課題感を持っている」と語ります。だからこそ、「くみ」で多くの看護師が学び、様々な場所で活躍できるようになることが、社会全体の精神科医療の向上につながると考えています。

「精神科が花形の職業の隣にいてもらえるような社会が作れる、私たちきっかけであれればいいな」と語る中野さんの挑戦は、精神疾患を抱える人々が安心して暮らせる社会の実現に向けた、大きな一歩と言えるでしょう。

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