長らく日本の社会に根強く残る男尊女卑(だんそんじょひ)の思想。これは、男性を上位に置き、女性を下位とみなす考え方であり、性別による役割分担や能力評価において不公平を生み出してきました。しかし、近年、この旧態依然とした価値観からの脱却を目指す動きが加速しています。同時に、「女性は大切に扱われるべき」という認識が広がりつつありますが、その先に「女性優位の社会」は本当に実現するのでしょうか。本稿では、これらのテーマについて、現状のデータや社会の動きを踏まえながら考察します。
男尊女卑からの脱却:意識の変化と見え隠れする課題
「男は仕事、女は家庭」というような固定観念は、高度経済成長期を経て形成されたものの、現代社会においては多様な生き方や価値観と相容れないものとなっています。女性の社会進出が進み、キャリアを築く女性が増える一方で、育児や家事の負担は依然として女性に偏りがちであるという現実も存在します。
しかし、社会全体の意識は確実に変化しています。かつては当たり前とされていた性別による役割分担への疑問の声が高まり、男女が共に家事や育児、そして仕事に貢献するという「共同参画」の概念が浸透しつつあります。企業においても、女性の管理職登用を推進する動きや、育児休業取得を促す制度の導入など、男尊女卑的な慣習からの脱却を目指す取り組みが見られます。
それでも、残念ながら課題は山積しています。例えば、職場におけるパフォーマンス評価においては、女性は男性よりも実際の評価が高い傾向にあるにもかかわらず、「リーダーシップ能力が低い」といった誤ったバイアスがかかり、昇進の機会を逃しやすいという指摘があります。これは、過去の成功体験からくる無意識の偏見や、男性中心の組織文化が依然として残っていることを示唆しています。また、自己評価においても、男性の方が女性よりも高く評価する傾向にあり、積極的に自己アピールを行うことで有利に働くケースも少なくありません。こうした目に見えにくい「壁」(ガラスの天井)が、女性のキャリアアップを阻む要因となっています。
さらに、日常生活においては、依然として女性に対する性的な暴力や差別が問題となっています。例えば、韓国の脱北女性の事例に見られるように、性的な被害に遭った女性が、加害を訴えることで二次被害を受けるといった、社会的なスティグマが女性を苦しめる状況も存在します。これは、根深い男尊女卑の思想が、女性を性的な対象と見なし、その尊厳を軽んじることにつながっていることを示しています。
「女性は大切に扱われるべき」という認識の広がり
一方で、「女性は大切に扱われるべき」という認識は、現代社会において急速に広がりを見せています。これは、単に女性を保護すべきという考え方だけでなく、女性が持つ多様な能力や視点、そして共感力やコミュニケーション能力が、社会全体をより豊かにするという理解に基づいています。
ビジネスの場においては、女性リーダーの台頭が顕著です。彼女たちは、多様性や共感力、柔軟な発想を強みとし、部下や同僚から厚い信頼を寄せられ、組織にポジティブな変化をもたらしています。成果主義やダイバーシティを重視する現代の組織では、性別に関係なく「人望」があり、「慕われる」リーダー像が求められており、女性がその役割を担うケースが増えています。女性が慕われる理由としては、周囲に対して誠実で信頼される人柄、高い共感力とコミュニケーション能力、他者を尊重しサポートする姿勢、そして成果や努力を正当に評価されていることなどが挙げられます。
また、医療の現場においても、女性に特有の課題が浮き彫りになり、その対策が求められています。例えば、AED(自動体外式除細動器)の使用における性差の問題は、まさに「女性は大切に扱われるべき」という認識の欠如が招いた悲劇的な事例と言えるでしょう。西日本のスポーツ大会での事例では、倒れた女性に対し、近くにAEDがあったにもかかわらず、駆けつけた男性が「女性だから使われなかった」と説明したと報じられています。これは、救命処置を行う際に、女性の身体に触れることへの心理的抵抗感や、「セクハラで訴えられるのではないか」という法的リスクへの誤解が、救命の遅れと、取り返しのつかない結果を招いた実例です。こうした事例は、女性への配慮を欠いた救命教育の不足や、社会全体に根強く残る無意識の偏見を浮き彫りにしています。このことから、女性に対する身体的、精神的な配慮を怠らず、尊厳を守ることの重要性が改めて強調されます。
「女性優位の社会」は実現するのか?国際的な視点と日本の現状
では、これらの動きは「女性優位の社会」へと向かっているのでしょうか。結論から言えば、現在の日本社会は「女性優位」とは到底言えません。
世界経済フォーラムが発表するジェンダー・ギャップ指数を見れば、日本の現状は明らかです。2025年のデータでは、日本は148カ国中118位と、先進7カ国(G7)の中でも最下位に甘んじています。特に、政治分野での女性閣僚の減少や、経済分野における管理職や政府高官に占める女性比率の低さ、そして根深い賃金格差が、日本の総合順位を大きく押し下げています。教育や健康分野では比較的高い評価を得ているものの、社会の意思決定層における女性の参画が著しく遅れていることが、国際的に見ても男女格差が大きい社会であることを示しています。
確かに、法制度の整備や「女性活躍推進法」の施行によって、女性管理職比率の上昇やワークライフバランス支援の充実など、一定の前進は見られます。しかし、依然として家族主義や性別役割分担の固定観念が根強く、社会全体の意識改革や企業文化の変革が伴わなければ、抜本的な変化は難しいのが実情です。女性が昇進を望まない理由として、ワークライフバランスの課題、ロールモデルの不足、自己効力感の低さ、そして昇進のメリットが見えにくいことなどが挙げられますが、これらは個人の意思だけでなく、社会構造や企業文化、そして根強いバイアスが大きく影響しています。
これらの状況を踏まえると、日本が近い将来「女性優位の社会」になる可能性は極めて低いと言えるでしょう。むしろ、日本が目指すべきは、男女どちらか一方が優位に立つ社会ではなく、「男女がともに生きやすい社会」の実現です。これは、性別に関わらず誰もが自分らしく能力を発揮し、公平な機会が与えられ、尊重される社会を意味します。
未来への展望:公平性と多様性を追求する社会へ
男尊女卑の脱却、女性が大切に扱われるべきという認識の広がりは、社会がより成熟し、多様な価値観を受け入れる方向へ進んでいる証拠です。しかし、それが「女性優位」を意味するわけではありません。むしろ、これまでの男女格差を是正し、真の意味での公平性と多様性を実現するための過程と捉えるべきです。
これからの社会では、性別によって能力を判断したり、役割を固定したりするのではなく、個人の能力や意欲、そして個性を最大限に尊重する姿勢が求められます。クオータ制の導入や、教育現場でのジェンダー平等推進、そして多様なロールモデルの提示など、女性の社会的地位向上に向けた具体的な取り組みを加速させる必要があります。同時に、男性も育児や家事に積極的に参画し、性別役割分業意識を払拭することで、真の共同参画社会が実現するでしょう。
「女性は狙われ、男性はさげすまれる」という不毛な構図から抜け出し、男女が互いに尊重し、支え合う社会を築くことこそが、持続可能で豊かな未来への道しるべとなるはずです。性別による「優位」を争うのではなく、「公平性」と「多様性」を基盤とした社会の実現に向けて、私たち一人ひとりが意識を変え、行動していくことが求められています。
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